実はオードリー・ヘップバーンと親友だったという加藤タキさん。
オードリーが、ガンに侵された晩年に手紙を送った日本人の芸能人Kというのは、加藤タキさんのことです。
爆報THEフライデーの番組で、晩年のオードリーが書いた手紙の最後の言葉が紹介されるそうです。
加藤タキさんとオードリー・ヘップバーンの出会いはいつだったのでしょうか?
そんな気になる加藤タキさんについて調べてみました。
加藤タキさんのプロフィール
本名 黒川 多喜子(くろかわ たきこ)
生年月日 1945年3月30日
血液型 B型
出身地 東京
出身校 マルトノマ大学ジュニアカレッジ 卒業(アメリカ、オレゴン州)
職業 タキ・オフィス代表取締役/コメンテーター/講演活動(1990年代以降)
・夫は黒川雅之(建築家)である。
アメリカ帰国後、「ニューヨークウィーク」や「タイム・ライフ」の東京支局に勤めて
いたことがある加藤さん。その後コーディネーターとして独立されています。
海外の大学を出ているので、英語がかなり堪能であると思われます。
それを活かして、コーディネーターの仕事や雑誌の東京支部に勤めていたようで、当時にしてもかなり華々しい経歴だったのではないでしょうか。
加藤タキの両親、家族がすごかった!
ところでどうして、アメリカの大学に行ったりコーディネーターの仕事をしていたのかと疑問に思ったのですが、育ったお家がかなり裕福な環境だったようです。
「火の玉勘十」と言われた闘志型の激しい運動家でだったそうです。
また、母親も婦人活動家であった、元国会議員であり政治家の加藤シヅエさんであり、「おしどり議員」として知られていたそうです。
そんな政治家一家に生まれたお嬢様だからこそ、海外の学校に通うことができたんだと思います。
また、一目みて、加藤タキさんから品が良いイメージを受けたのも育ちの良さが影響しているのかもしれませんね。
どうしてオードリー・ヘップバーンと知り合ったのか?
実は21歳の頃から働いていたという加藤さん。
働き始めの頃は、アメリカの報道雑誌の編集部でリサーチャーとして働いていたそうです。
その後、音楽事務所や音楽出版社など、ショービジネスの分野で国際間の調整をしたり、フリーランスで通訳、外国人アーティストのコンサートやCM出演などのコーディネートをしていたそうです。
そして、29歳で会社「タキ・オフィス」を設立し、様々な仕事を請け負ったそうです。
平成24年に加藤さんが「オードリー・ヘップバーンさんの素顔~私が彼女から学んだこと~」と題してコメントされています。気になる方は下記のリンクから読んでみてください。
リンク:「オードリー・ヘップバーンさんの素顔~私が彼女から学んだこと~」(※PDFファイルです)
40代で出産!?美容の秘訣が気になる!
加藤さんは一度結婚されたそうですが、4年で離婚、その後仕事が忙しく再婚したのは30代過ぎだったそうです。妊娠が分かったのは41歳の誕生日を過ぎた頃で、この年齢で初産、逆子になり帝王切開での出産だったそうですが。
今では高齢出産が増えてきている時代ですが、20年以上前はかなり珍しい事だったと思います。
しかし、母親であるシヅエさんも、48歳で出産なされたそうで、タキさんにとっては不思議でも珍しいことでもないと思っていたようです。
子供を出産し、70歳になる加藤さんですが、肌はシワが少なくつやつや、頭髪は白髪ですが量もあり、かなり品よくまとめられています。
いろいろ調べてみたところ、加藤さんは、イミディーンという全身美容サプリメントの愛用者なんだそうです。
70代にしてこの肌のツヤがサプリメントのおかげなら、一度試してみたいですよね。
爆報フライデーではどのようなことが語られるのでしょうか?
楽しみですね!
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